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幻のハワイ IMケアンズ完走?記

 「ナムアミダ、ナムアミダ、ナムアミダ・・・、ナムアミダ~ブツ」 今日は親戚の三回忌です。ケアンズから帰ってきて3日目です。ケアンズでの出来事が煩悩のまま頭の中を回っています。その迷いから脱却しなければ。
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 年寄りコンビということで新聞のインタビューを受けました。
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 6月9日7時55分のスイムスタートに間に合うようにポンツーン(海面から1.5mくらいの台)から次から次へと海に飛び込みます。足を下にしてかなり深く沈んでひとりになります。透明度は自分の手先が見える程度で横浜の山下埠頭より悪いくらいです。顔を水面上に出して明るい空の下を2、30m先のスタートラインまで泳いでいって立ち泳ぎでスタートの合図を待ちます。「プオー」定位置のコース外側の後ろからのスタートです。アップをしていないのでゆっくりと泳ぎだします。2日前から風邪をひいているので寒気などの悪い兆候が出てくればDNFにしよう思いながらのスタートです。この二日間、同室のパナさんに咳で迷惑をかけていました。現地が買った風邪薬です。朝、昼、晩と寝る前の4錠が一日分です。
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 前日の試泳の時の風景です。
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 1.9km2周です。かなりのうねりや潮の流れがあります。タイミングが悪いと口の中に海水が入ってきます。ヘッドアップして目標のブイを見つけて、そこを目指して泳ぐのですが頭の中で描いていたブイの位置と実際の位置にずれが生じるので、毎回修正をしながら泳ぎ続けます。1周目のタイムは51分。まあ、仕方がないタイムです。2周目はうねりが大きくなってヘッドアップ1回ではブイが見つからないこともあり1時間4分もかかってしまいました。スイムタイムは1時間55分でした。この距離の最悪タイムです。ポンツーンから上がるときに振り返ったのですが、私の後ろにはいたのは、ねえさんとNEKOさんだけかもしれません。(注:NEKOさんはご存じの迷いNEKOさん、ねえさんはブログにリンクしているリーダーの奥様でハセツネなどに活躍しているアスリートですが、スイムは苦手です)
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 バイクバッグを取ってチェンジングテントに入ってウエットスーツを脱ごうとするとボランティアが引っ張ってくれました。いつも脱ぐのに手間がかかっているので大助かりです。バイクウエアはウエットスーツの下に着ていたので着替えはなし。キャップ、サングラス、ソックス、シューズを身に着けて、ティシュ―、目薬、予備のコンタクトレンズ、私の名刺などが入っているビニールの袋を背中のポケットに入れてスタート。前日にバイクラックにセットしました。
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 ケアンズに着いた日に20数キロの試走をしているので道の雰囲気は知っています。しかし、昨年の大会に出場していた隊長が「ここのコースはフラットだよ」の言葉にだまされたことに気づくのは大分走ってからのことです。サトウキビ畑の間を走ったりします。前々日バスでコースの核心部を下見したねえさんは「佐渡に似ている」と言っていましたが、佐渡のZ坂や小木の坂に似たところはないものの、両津から赤泊あたりまでのアップダウンが続く海岸線に似ていました。インナー/ローにしなければ(私の場合)上り続けられないところがいくつもありました。
 ポートダグラスに向かって走っていると、50kmを2周回するようにコース設定されていて、2周目の先頭グループがゴォーというホイールからの爆音とともに抜いていきます。すれ違い区間では、我がチームの面々、隊長、モト、パナ、ブチコ、三郎、ジェシカ、ナミ、理事長に手を振りました。よっしーはポートダグラスの折り返し地点でMCが名前を呼んでいる目の前でスリップダウン。MCがばらまいてしまったボトルなどを拾ってくれたそうですが、恥ずかしさで即座にスタートしたそうです。しかし、リアディレイラーが壊れていました。ホイールはゆがんだようです。当人の肋骨も折れていました。DNFです。NEKOさんはスイムでパニックになってDNFと思っていたのですが制限時間をオーバーしてしまったとのこと。これでチームのびり、レース全体でもびりから10番目くらいになってしまいました。
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 100kmを越えると腰が痛くなってきてDHポジションを取れなくなってきます。細かい振動が続く路面の粗さによってかサイクルコンピューターがリセットされてしまいました。時速、距離、回転数、平均スピードが読めなくなりました。一気にスピードが落ちてしまったようです。腰を伸ばしたり、ハンドルも持つところを変えたりしながらの最後の30kmは長くてつらかった。帰国したらバイクポジションの調整しようと思いながら走っていました。
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 バイクがようやく終わりました。夕方6時近くです。ボランティアにバイクを渡して更衣室に入ると私以外にはひとりしかいません。バイクパンツからランパンツに着替え、ランシューズに替えて、すぐ出発。もう日が沈んでしまったのでキャップもサングラスもいりません。
 初めの2kmを走っているつもりでしたがキロ10分ペース。これではランだけで7時間かかることになり、ランスタートですでに10時間10数分過ぎていたので、制限時間の17時間を越えてしまうと計算になります。なぜ、こんなことになってしまったのだろうと自問自答というか、自答は出来ないまま走っていました。暗い道が続きます。遠くの2kmごとのエイドステーションの明るい灯を目指して走ります。足は動いています。10km、12km、14km。エイドではコーラが主食です。ハーフまで走れば街に近づけると我慢していたのですが足が動かなくってきました。ここまでにロキソニン、クランプストップは使用済。ようやくハーフ。私の不文律のハーフまでは歩かないをキロ9~10分では歩いているも同然ですが、ほぼ実行できました。ハーフで消炎のゲルを足に塗りたくりました。ここから先はゴールを横目に見ながらの1周8kmを3周します。
 歩けば完全に制限時間を越えます。周回コースに入ると3周目のパナさんが伴走してくれました。17時間以内にゴールできそうもないのでやめたいと思っていました。私が2周目になると4周目(?)のまりちゃんが伴走してくれました。彼女は理由はともかく1周多く走って50kmも走りました。3周目になると私の後ろにいたランナーがいなくなって最終ランナーになってしまいました。MTBに乗った係員が後ろにぴったりついています。時々話しかけて気を紛らせてくれます。最後の折り返しでMTBはいなくなって係員男女ふたりが雑談をしながらジョグでついています。どうしても走れなくなって10歩くらい歩きます。何度か繰り返しているうちに繁華街に赤いカーペットを敷いた花道になります。観客のひとりが「あと2分」と叫んでくれました。5分くらいは残っているつもりでした。そこからゴールまでの数百メートルは全速力でした。カウントダウンが始まりました。「10、9、8、・・・、3、2、1、0」
 しかし、間に合わなかったのです。ほんの一瞬ですが会場が冷えてしまいました。その後、大歓声と拍手が戻りました。ほんの少しだけ早めにスパートしていれば間に合ったのに。17時間31秒でした。完走賞をくれないのかなあ、と思ったのですが、タオルもポロシャツももらえました。後から出された記録でも完走扱いで年代別3位になっていましたが、これは非公式記録になるのでしょう。
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 呆然としたまま応援してくれたメンバーとタクシーでホテルへもどって、完走記念の写真撮影。
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 翌日10時からのロールダウン会場に行くと、私の年代の一位の中野さんと二位の石井さんがハワイに行く権利を放棄していました。一応三位の私にスロットが回るのかと、周りのひとたちが私を見て拍手してくれます。最終ランナーだったので有名になったのです。やはりというべきか制限時間を31秒越えているので権利はないと判定されました。MCに呼ばれて舞台にあがると「あなたはアイアンマンだ」となぐさめてくれました。「私は最終フィニッシャーで制限時間を越えているので、完走の資格はないと思っています」とスピーチ。
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 夜の表彰パーティでも、まず私が舞台に呼び出されて「最終フィニッシャーで制限時間を31秒越えたアイアンマン」と紹介されスタンディングオベーションで迎えられました。「今年は最終でしたが、来年は最後から2番目、ブービーになるようにがんばります」が私のスピーチでした。
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 一躍31秒遅れのヒーロー?になった私は街中で握手されるようになりました。サインもハグもは求められませんでした。パーティからの帰り道に小さなジャズのライブハウスの寄ったところ、店長が「あの最終フィニシャーか」と注文した赤ワインをプレゼントしてくれました。そのジャズバーと記念撮影を求められた美女二人と。私の身長は174cmですが彼女たちは20cmくらいは高そうです。
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 記録は、スイム1:55:42、トランジション11:38、バイク8:00:45、トランジション6:22、ラン6:46:01、計17:00:31。17時間かかるなんて夢にも思っていません。理由は・・・これから考えますが、風邪か老齢化現象のどちらかで悩みます。実際には風邪でどのくらいパフォーマンスが落ちたのかは分かりません。少なくとも、風邪が頑張れない理由になったことは事実でしょう。でも、老齢化で17時間をクリアできなかったなんて考えたくありません。
 たかが31秒、されど31秒。31秒遅かったことで有名になれたのですからよかったのかもしれません。ハワイのスロットが取れていれば金策に走り回る必要がありました。結局は、なるようにしかならなかった結果なのでしょう。諸行無常。


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感動しました!
やっぱり、カッコイイですね!

私も、ケアンズで戦いたくなりました!

>リーダーさん
ねえさんにはバイクの70kmあたりで抜かれました。来年はリーダーがケアンズ、ねえさんが洞爺湖?

写真すべてカッコイイ~!ですね~
最後の美女2人の写真は、鼻の下伸びてますね~。笑
諸行無常…だから不思議で面白い。
アイアンマンの夢と勇気をありがとうございました。

ながーい1日、お疲れ様でした。
そして、とってもいろいろな思いを巡らせた深ーい1日だったんだなぁって。
17時間で 31秒ですか、忘れられない数字になりそうです。

>yururieさん
アイアンマン挑戦は来年でしょうか? 美女に囲まれて本当にうれしそうな顔をしています。彼女たちは、きっとバスケットとかバレーボールの選手だと思います。

>いわっさん
本当は16時間くらいでゴールするつもりでした。それを確かめるために来年もケアンズに行かないといけないのかなあ。

南無阿弥陀仏・・・ということは、kanrekiさんとこも浄土宗でしょうか・・・17時間も末の31秒・・・う~~ん。それでも風邪をおしての出場、ゴール、やっぱりスゴイとしかわたしには言えません。

来年は極楽浄土(納得いく万歳のゴール)をめざしてケアンズに行くのでしょうね~。

>かおるさん
この親戚のお寺さんは狛江の玉泉寺で天台宗です。潰れただけで終わらなかったところがしぶとかっただけです。「すごい」なんてとんでもありません。

やだぁ~・・その鼻の下びろぉ~ん・・・
とは言え、ご褒美、ご褒美♪♪♪

あたしは、絶対にトライアスロンはしません!
できません!!
やっぱり・・壮絶ですね。鉄人間の世界は・・・
ほんと、もったいない・・31秒・・・(>_<)

温泉ラン・・いつですかぁ~?!(笑)

結果は不本意だったでしょうが、レースそのものは実に
素晴らしい~それにかっこいい~♡

それと、新聞の写真のお二人様、これまたかっこいい
ではではありませんか~ぁ~
内容はkanrekiさんの翻訳で理解しましたが、で
もこのまま見せられたら優勝したのかな?って
おもっちゃうかもね・・(笑)

色々な意味で、今回は苦しいながら楽しいレース
だったかもしれませんね。

読んでて、泣けてきました・・・
来年も、ぜひ、NEKOさんとリベンジしに行ってください。

>honeyさん
いきなり握手を求められてどぎまぎしました。鼻の下はいつも長いのです。

>星峰さん
話題つくりになったことがなぐさめです。

>りんたろうさん
1年先のことなんかどうなっているかわかりませんが、来年のケアンズに一応エントリーはします。

いつもkanrekiさんのハードな練習記録を読んで、古希を超えてのタフさに尊敬の念を抱いています。ここのところの追い込みの理由は何かと思って、アイアンマンケアンズの記録を読ませていただきました。そして今年のケアンズにかける意気込みの理由が伝わってきました。
私も数年で還暦となるものですが、洞爺湖のアイアンマンに向けて練習の励みになります。
これからも応援しています。

>Aokiwi さん
応援ありがとうございます。還暦あたりは若造です? まだ記録はがくっと落ちません。うらやましい。頑張ってください。

kanrekiさん
 ありがとうございます。43歳のときにロングの大会にはじめて出てから昨年56歳でだいぶきつくなってきたので「そろそろロングは打ち止めかなぁ」と思っていました。ところがオリンピック東京招致成功のニュースで、2020年63歳まではロングを続けようと新しい目標ができました。その意味ではkanrekiさんは素晴らしい導師です。

>Aokiwiさん
段階的に衰える?のですが、次の壁は64歳あたりかも? 

 なるほど。私自身は40歳ぐらいからジムでのトレーニングをずっと継続しています。また、登山や山スキーも体力トレーニングの手段として行ってきました。
 しかし、kanrekiさんの仰る「段階的に衰える」という点では、55-56歳で、スピードが出せなくなる、心拍数が上げられなくなるなどの現象を自覚しました。また体の柔軟性がめっきり落ちた気がします。
プロフィール

kanreki

Author:kanreki
偶然が重なって出場できたアイアンマン・ハワイのゴールです。いつの日にか帰りたいのですが・・・。1940年(昭和15年)生まれです。

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